知識思考ノート

気に入った知識や思考を書いてます

明るく暮らす方法について

 

○明るく生きるのは難しいのか?

 

 明るく生きれればいいですが、

これが難しいって場合もあります。

 

 詳しく考察して、解決方法まで

説明してみます。

 

 

○根本から理解してみる

 

 明るい、暗いという表現は

その人の性格や方向性を

光に例えている。

 

 もともとは、太陽の

エネルギー(生命力)への

好意的な想いから来ている

のではないでしょうか。

(この説明はまた別の機会に)

 

 

 それで、明るいというのは

正確に表現すると、

元気がある、楽しいこと、

成功する方向へ向かっている

って意味です。

 

 逆に、暗いというのは

悲しいことや、失敗への

方向性がある状態です。

 

 

○注意の対象の問題

 

 明るい、暗いが問題となるのは、

注意の方向性がかたまって

しまうからであります。

 

 病的に暗い人も実際に

いる訳ですが、そうなると

空想や日常生活までも

悲しい事に注意が行き続ける。

 

 これが習慣になると、

いわゆる暗い性格と言える

でしょう。

 

 

 単に物静かな人を

暗いと言ったりもしますが、

そこはケースバイケースです。

 

 暗そうにみえても、

物事をちゃんと見極めて

進もうとしている場合は

明るいです。

 

 

○ポジティブが良いという訳ではない

 

 結果を出すのが大事です。

平穏な生活、目標を達成する、

危険を回避する。

 

 特に、危険を回避するには

ネガティブな方が適している。

ここで、無理にポジティブを

志すのは勇気があると思いますが

本当に明るいとは言えない。

 

 失敗や悲しいことを無視して

まで、ポジティブになるのは

暗い現実へ過剰な戦いを挑んでいる

のであります。

 

 

 生活には、朝も夜もある。

暗いところで明るく過ごすには、

たしかな現実を知っていて

出来ることであります。

 

 暗い夜の方が危険は

大きいですが、安全な道を

選んで歩けばいいのです。

 

 

 夜中に気分が沈んでも、

部屋に鍵がかかっていれば

外からの危険はない。

 

 こういった、明るい理解を

する必要がある。

 

 

○注意が暗い方向へ行くデメリット

 

 ポジティブもネガティブも

状況しだいであります。

 

 物事をしっかり理解するには、

自分の気分や衝動を制御する

作用が用いられ、これが元気を

奪ってしまうことがある。

 

 

 そこで、明るい理解の仕方を

覚えるといいのです。

 

 感情でなく、頭で意識的に

明るい方向へ思考のルートを

変更する。

 

 

 悲しい想いや、失敗を

考えるといくらでも続きます。

人間は頭がいいので

想像力がすさまじい。

 

 これが暗い方向へ行き続けるのは

知能の無駄づかいであります。

 

 想像という自由な世界では、

暗いことはほどほどにした方が

いいでしょう。

 

 

 もっといいのは、確かな事実を

考えることです。

 現実は現実であって、

明るくも暗くもないので、

事実だけ冷静に考えればいい。

 

 そこから、役に立つような

思考ルートをたどる。

 

 

○思考ルートの変更方法

 

 

 そうはいっても、悲しいことも

現実に存在するから考えて

しまいがちになる。

 

 では、どうやって思考の

ルートを変更するか。

 

 

 ポイントは、作り出す行為

であります。

 

 現実を見るのは当たり前のことで、

その次にやることがある。

 

 現実を作り変えることですが、

これはそう難しいことではありません。

 

 

 食事や睡眠は、失い行く

肉体の力にまた活気を与える

訳ですが、これも現実に対する

生産活動なのは事実です。

 

 食べるのは当たり前でも、

その当たり前に多くの時間を

使って、肉体の現実を活気づける。

 

 

 思考や、生活にも同じことが

言えます。

 

 思考の栄養になる、正しい知識や

面白い動画をみる。

 

 生活が活気づく新しい物や

工夫を加えていく。

 

 

 思考ルートの変更は、

現実という、常にお腹をすかせる

生き物に新しい栄養を与える

行為になります。

 

 

○難しくないのに、出来ない現象

 

 すぐに明るい思考ができれば

誰も苦労しないのであります。

 

 なぜ、出来ない場合があるのかを

考察します。

 

 

 物事を明るく考えると、

暗いものへは注意がいかなくなる。

 

 それが、現実の無視のように

認識される。

 

 やっぱり、暗いことも現実に

あるといえばあるのです。

正確に言えば、誰にも分からない。

 

 

 分からないというのは脅威です。

脅威と感じるのですね。

 

 確率と効率を考えると、分からないもの

への耐性ができます。

 

 急に意味もなく悪いことが起きる

可能性は、非常に低く、考えるだけ

効率がわるい。

 

 

 明るく生きた方がいい、の

根拠はここにあります。

 

 思考は無限に続くので、

「明るく生きた方がいい」のです。

 

 悲しいことは悲しんで

当然であります。それでも、

頭の思考ルートは変えられる。

 

 

 悲しい感情があっても、

明るい方向へ向かう思考は

また脳の領域が違う。

 

 思考ルートや現実を

変えていくのに、少し時間が

かかるので、このタイムラグの間に

「出来ない」「出来ていない」の判断が

されやすい。

 

 実際のところ、現実はつねに

流転しております。

 小さい範囲なら、現実を

明るいものに変えるのはいつも

やっている事なのです。

 

 

 何を、どう変えたいのか。

その過程を記録するといいでしょう。

上手くいかないなら、目標が

的を外しています。

 

 出来ないなら、出来ないが

事実かも知れません。

 出来ることを目標にしたら

いいだけなのです。

 

 

○向上心や劣等感は関係ない

 

 仏教からの引用になりますが、

その教えでは「物の量や大きさより

形態が重要」だと言われています。

 

 生活に例えてみると、

色々なイベントを楽しむより、

安定して楽しめる趣味や

生活リズムを持つこととなるでしょう。

 

 

 向上心や劣等感は、量や大きさを

問題にしている場合がほとんどです。

 

 なぜかというと、向上心や劣等感は

プライド(自己の重要さ)に基づいており、

さらこのプライドは、他者との競争の

原理を含んでいるからです。

 

 

 人間がサルだった頃は、

権力が今よりずっと重要でした。

食べ物を確保し、子孫を残すための

序列を手に入れなくてはならなかった。

 

 それを担うのがプライドの

一つの作用・起源だと推察します。

 

 

 しかし、人間の場合

様々な方向へプライドが

作用するので、この感情は

それに合わせて加工されなくては

ならない。

 

 自分の目標、生活の安全に対して

だけプライドが働けば十分なので

あります。

 

 あくまで、自分の思考に

基づいているプライドは、

他人と比べても傷つきも増大も

しません。

 

 

 自分の生活が豊かになる

ために、世界情勢や社会のあり方、

他人の事はコントロールの範囲外

であります。

 

 そこまでコントロールする目標が

あるなら、かなり権力が必要。

 

 なんにせよ、適度な目標に

向かって、自分の照らせる範囲を

明るくするだけで十分な光なのです。

 

 

 生命は燃焼過程と言われて

おりますが、それが発するものは

光に他なりません。

 

 状況に関わらず、燃焼の

エネルギー自体はいつも

生産している。

 

 あとは、方向性であります。

自分にとって役に立つ思考は、

それ自体が光線としてのエネルギーを持つ。

 

 

 そうは考えない状態を、

暗い思考と呼んでいいでしょう。

 

 光は暗いところも照らす

ので、生きているなら

明るい人ではないでしょうか。

 

 人の争いや、トラブルは

光の色や方向性が合わなかった

だけだと思うのです。