知識思考ノート

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(物語)最初の衝動

 

 

 生まれて最初に覚える

感情を知っている。


 おじいちゃんが言うには、

それは「天地の間を下る風圧」

だ、そうです。


 小さい頃は、なにそれって

思っていました。

 

 

 おじいちゃんは亡くなる時に、

同じ事をまた言ったのです。


 「これだよ、天地を下る風圧を

感じる。俺は死ぬんだ。生まれてきた時と

おなじ予兆を感じる。」

 


 私はなんだか、可笑しいと

思って「それは、天に上る風圧じゃないの」

と冗談を言った。


 「確かに、それでも

あの道を通るのだから同じなんだ。

それと、お前に言っておきたい事が

ある」

 

 「なに?」


 「天地の通路は、普通に生きている

時にでも通ることがあるんだよ」

 

 

 「臨死体験みたいなこと?」


 「ちがう、でもどうやって通るかだけ

教えておきたいんだ。」

 

 「一応、聞いとく」


 「その方法はね、、、」


その言葉が続かぬまま、おじいちゃんは

息を引き取った。

 


 そういえば、以前に理屈を

並べて「天地の通路」を説明していた

ことがあった。


 人は生まれも死にもしない。

私は風であって、異界からこの世界へ

喜びを吹かしに来たのだとか

なんとか。

 

 それはともかく、私は

今シングルマザーになってしまった。

旦那と別れて、仕事もやめてしまった。


 心の支えだったおじいちゃんが

死んでしまって、何も信じられなく

なった。

 

 「天地の間を通る風圧、、、

なんだそりゃ」


 そんな事より、圧力を感じる。

一人で子どもを育てていけるだろうか。

仕事はどうしたらいいだろう。


 本当に、どうしたらいいんだろう。

正直いうと、もうその天地の通路と

やらを通っていなくなってしまいたい

衝動に駆られた。

 

 生まれてきた時は喜びだった

子どもも、今では泣いてばかりの

居候のようで耐えられない。


 「おじいちゃん、どうしたら

その風圧を感じられる?

死んでしまえばいいってこと?」

 

 生まれてきた時と同じ感情、

それなら私はきっと泣いていただろう。


 そうして、子どもが泣いている

横で私も泣きわめきました。

 生まれてきた時と同じように、

訳も分からず泣き続けていた。

 

 ちょっとしたトランス状態に

なっていた気がします。

なぜ泣いているのか、自分でも

分からなかったけれど、とても

温かい気持ちに包まれたのです。


 声が聞こえました。

「大丈夫だよ」

ついには、頭がおかしくなって

しまったかと思った。


 私の足に、誰かの手が触れた。

「大丈夫だよ」

もう私は天地の通路を通る、

そんな予兆がしました。

悲しくも、幸せな気持ちでした。

 

 それから気を失い、

目が覚める。子どもが私の頬を

叩いて起した。


 「またあんたか、泣くのはやめたの?」

 「ダイジョウブダヨ」


 子どもが始めて話した言葉は

それでした。おじいちゃんがいつも

私に言っていたこと、私がいつも

この子に呟いていたこと。

 

 「あんた、おじいちゃんみたいだね。

なんか乗り移ったの?」


 子どもはご飯をむしゃむしゃと

ほお張るだけ、そしてニコニコ笑っている。


 「一緒に、天地の通路を通っていこうか、

まるで風が吹いているよう」

 

 

 おじいちゃんの仕事は、トイレや

水道管の修理をすることでした。


 「トイレがなんで流れるか

教えてやる、あれはね、くそと

水の圧力で流れるんだ。

 地震があると、トイレが使え

なくなるが、水をたくさん入れると

流れる。重たいくそでもいいがね」


 「トイレの流れと、天地の通路は同じだ。

俺は水か?くそか?そんなのはどうでもいい。

大事なのはたまらずに流れ続ける通路、

お前ならいつか分かる、この水とくその

圧力の真価が」

 

 子どものおしめを取り替えて、

トイレに流す、お金はきっと

なんとかなる。


 私は風ではない、

たぶん水。どこにでも流れていく、

トイレでも大きな海にも

どこにでも染み渡る。

 


 大丈夫だよ、おじいちゃんの

最後の言葉は風や水と同じように

目に見えなかったのだから

もう見えるものを信じない。

 

 私が見るのは、天と地の

あいだに通る水圧だけ。


 圧力を感じる。知っている。

生まれてきた時のあの日と同じ感情、

何も知らなかった頃の

言葉のない最初の泣き声