知識思考ノート

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言葉をないがしろにしてはならない理由

 

 言葉の使い方には気を付けなくては
ならない。それは、相手がどう思うかといった
印象の問題ではないのだ。

 

 言語の基本作用は、思考を描き出す
ことである。つまり、考えと言葉は
つながりが生成される。

 

 「お腹がすいた」とか「楽しい」とか
「嬉しい」とか、そのまま感情を表出するなら
そんなに悪いこともないだろう。

 

 しかし、それなりに頭が働くなら
言葉を選ぶようになる。誰かに怒りが
わいているとき、どんな言葉を選ぶかは
人生を決めるだけの岐路なのだ。

 

 「地獄に落ちろ」という言葉を
選んだときには、怒りとそのセリフが
結合する。

 

 自分が言う側であっても、
結合には双方向の力がある。
つまり、怒りと地獄につながりが
多少とも生まれるのを気を付ける必要がある。

 

 お互いが冷静になれる言葉を
選べる人は、言語と思考の領域において
救世主のようなものだ。

 

 また、言語と思考を分けられる人、
つまり有益な自分の考えを持とうとする人は
どんな暴言からも守られるだろう。

 

 口だけの人間を軽蔑するのは
早計なのだ。言葉のうえだけでも
マシな表現を選べるのは素晴らしい。

 

 なぜなら、口だけでないなら
次にあるのは行動であり、
それに非難を加えることは出来ない
からである。

 

 美しい言葉で気が済むなら
ずいぶんなリスクとコストを
削減したのだ。

 
 思考を描き出すのだから、
言葉を発するときに人は芸術家に
なっている。

 

 表現は、知覚としてリアリティを
持っている。嘘か本当かよりも、
まず思考レベルではリアルなのだ。
 真実でない可能性を知っていても、
リアリティは持っているのである。

 

 言葉を選ぶのは、嘘や綺麗事ではない。
一瞬のリアルを作り出すことだ。

 

 思考は本人にしか分からない。
言葉はその思考のなかの、ハイライトとして
表出される。

 

 わざわざ残念なハイライトを持ち出す
利益などあるまい。暴言や失言は
思考のだだ漏れに過ぎない。

 

 本当の思考は、言葉を選ぶ
という作業そのものであり、不用意に出た
漏れではない。

 

 言葉をないがしろにするのは、
自己の内面をないがしろに描く
よく分からない行為である。

 

 人間の内面を重視するのと、
言葉を大事にするのは近い。